浄土真宗のお経*『観無量寿経』その⑦

Posted 1月 21st, 2010 by まるこ and filed in 未分類, 浄土真宗:観無量寿経
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親鸞会で話を聞いている友達から借りた

『王舎城の悲劇』(アニメ)のテキストに

「惑業苦」ということが書かれています。

 

ちなみに

『王舎城の悲劇』とは

『観無量寿経』に書かれている

実際にあった、いわゆる「史実」ですね。

 

どうして

「王舎城」という「城」で悲劇が起きたのか。。

 

「城」ですから

それなりの

お金があり 地位があり 名誉があり

衣食住の心配は何ひとつない環境だったわけですが、

そこでなぜ

仏教史上最大ともいわれる悲劇が起きたのか。。

 
その謎を解くカギが、

「惑業苦(わくごっく)」ではないかと思うのです。

 

「惑い」から

悪い「業」行いをして

その結果「苦」しむ。

 

その苦しみが

新たな惑いを生み出し、

悪い行いをして

またその結果を受けて苦しむ。

 

グルグルグルグル

周り続け、抜け出せない。

 

最初は、些細なことのように思えた「惑い」も

グルグルグルグル

惑業苦を繰り返していくうちに

深刻さを増し、

最後、いくところまでいってしまう……という悲劇。

 

「惑業苦」は

身近な言葉でいえば、「悪循環」でしょうか。。

 
こういう悪循環って、ありますよね。

2600年前でなくても。

インドでなくても。

 

また、

この『王舎城の悲劇』って

つまりは、家庭悲劇なんですよ。
世継ぎの子供が欲しい王夫妻。

なのに、なかなか恵まれず占いに迷う。

そこから始まった家庭悲劇。

 

こういう家庭悲劇って、ありますよね。

2600年前でなくても。

インドでなくても。

 

 

『王舎城の悲劇』の

序盤の説明で出てくる

「惑業苦」という言葉の意味を知るだけでも

仏教で説かれている苦しみとか

その解決の教えが

今の自分と無関係でないように思われて
なるほど~。。

そうなんだ。。

って、うなるところが、いろいろあって勉強になります。

 

だから

浄土真宗の教えを

「念仏称えておれば、死んだら誰でも極楽に往ける」と

思っているのは

そんな人が多いようなんですが、

浄土真宗のお経に触れるほど

それはどうも違うんじゃないかって

気がしてならないんです。
でも

どうして

そんなに、誤解されているのでしょうね。。

それは、まだまだ疑問です。。

 

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