浄土真宗のお経*『正信偈』はお経じゃない!?

Posted 2月 28th, 2010 by まるこ and filed in 未分類, 浄土真宗:お経とは
コメントは受け付けていません。

 

 
先回、

浄土真宗のお経の ひとつ

『観無量寿経』に説かれている

『王舎城の悲劇』は

どうして起きたのか

「惑業苦」について 書いていたよね。

 

 

ところで

浄土真宗のお経といえば

『大無量寿経』

『阿弥陀経』

『観無量寿経』

この3つが、浄土三部経といわれる

大事なお経ということなんだけど、、、

 

 
みなさんは

法事などで

『正信偈』 って

聞いたことありません?
 

あの

「帰命無量寿如来 南無不可思議光」

で始まる、『正信偈』ですね。

 
 

『正信偈』も

浄土真宗で大事な お経なんじゃないかと

ちょっと気になってたの。

 

 

そしたらね

親鸞会で話を聞いている人が教えてくれたんだけど

『正信偈』は

お経とは言わないんだって!

 

みなさん、ご存知でした?

 

 

聞いてみれば

なるほど

そうだよなって、

よく分かる話なの。

 

なぜって

お経というのは、

「仏説○○○経」といわれるように

 

仏さま

つまり

仏のさとりを開かれた お釈迦さまのお言葉が

書かれているものなんだよね。

 

それを「お経」とか「経典」といわれる。。

 

でも

『正信偈』は、

800年前、日本にお生まれになった

親鸞聖人の書かれたものだから

お経とは言わないんですって!

 

どちらも

漢字ばかりで書かれているし、

法事などで読まれるから

同じように、「お経」と言っている人が

多いみたいだけれど

正しい言葉を使わないとね。

いろいろ間違っていく元だっていわれるから。

 

……

ということで

今回は、

『王舎城の悲劇』のお話 綴られなかったけれど

とっても大事なこと、分かったので

アップします~っ☆
 

浄土真宗のお経*『観無量寿経』その⑦

Posted 1月 21st, 2010 by まるこ and filed in 未分類, 浄土真宗:観無量寿経
コメントは受け付けていません。

 
親鸞会で話を聞いている友達から借りた

『王舎城の悲劇』(アニメ)のテキストに

「惑業苦」ということが書かれています。

 

ちなみに

『王舎城の悲劇』とは

『観無量寿経』に書かれている

実際にあった、いわゆる「史実」ですね。

 

どうして

「王舎城」という「城」で悲劇が起きたのか。。

 

「城」ですから

それなりの

お金があり 地位があり 名誉があり

衣食住の心配は何ひとつない環境だったわけですが、

そこでなぜ

仏教史上最大ともいわれる悲劇が起きたのか。。

 
その謎を解くカギが、

「惑業苦(わくごっく)」ではないかと思うのです。

 

「惑い」から

悪い「業」行いをして

その結果「苦」しむ。

 

その苦しみが

新たな惑いを生み出し、

悪い行いをして

またその結果を受けて苦しむ。

 

グルグルグルグル

周り続け、抜け出せない。

 

最初は、些細なことのように思えた「惑い」も

グルグルグルグル

惑業苦を繰り返していくうちに

深刻さを増し、

最後、いくところまでいってしまう……という悲劇。

 

「惑業苦」は

身近な言葉でいえば、「悪循環」でしょうか。。

 
こういう悪循環って、ありますよね。

2600年前でなくても。

インドでなくても。

 

また、

この『王舎城の悲劇』って

つまりは、家庭悲劇なんですよ。
世継ぎの子供が欲しい王夫妻。

なのに、なかなか恵まれず占いに迷う。

そこから始まった家庭悲劇。

 

こういう家庭悲劇って、ありますよね。

2600年前でなくても。

インドでなくても。

 

 

『王舎城の悲劇』の

序盤の説明で出てくる

「惑業苦」という言葉の意味を知るだけでも

仏教で説かれている苦しみとか

その解決の教えが

今の自分と無関係でないように思われて
なるほど~。。

そうなんだ。。

って、うなるところが、いろいろあって勉強になります。

 

だから

浄土真宗の教えを

「念仏称えておれば、死んだら誰でも極楽に往ける」と

思っているのは

そんな人が多いようなんですが、

浄土真宗のお経に触れるほど

それはどうも違うんじゃないかって

気がしてならないんです。
でも

どうして

そんなに、誤解されているのでしょうね。。

それは、まだまだ疑問です。。